代表 田村文生より


ご挨拶

毎回斬新な選曲でご好評頂いておりますリサイタルシリーズ、本年の公演、岩永知樹チェロリサイタルでは、海外作品として、チェロの打楽器的奏法が非西欧的なコンテクストに織り込まれた一風変わった雰囲気を醸し出すベリオの最後のセクエンツァを、また無窮動やタンゴを含みながら、編成の性能と魅力を最大限に引き出したクラリネットとの二重奏である、デ・パブロの『J.H.』をお楽しみ頂きます。公募招待作品では、チェロの様々な特殊奏法から身体表現に移行する過程が興味深い森田泰之進さんの『The King of Masks』、チェロと電子音響がインタラクティブなやりとりで色彩的で繊細な空間を描く今井慎太郎さんの『青の争い』、以上の2作品をプログラムに組み込みました。そしてEnsembleContemporary αメンバーの作品では、夏田の『空の柱』で、空という一種の無限を支える柱のイメージを上昇と下降を繰り返す2つのチェロが表現し、大村作品では、ライブエレクトロ二クスとチェロによる二重の輪郭が、東洋的素材を織り込みつつ、一つの音に収束します。
1台のチェロを巡って様々な二重の関係・色彩・身振りがせめぎあうこのリサイタル、盛りだくさんの内容に期待が膨らむのではないでしょうか? 皆様ごゆっくりお楽しみ下さい。

岩永知樹より

本日はご来聴いただき誠にありがとうございます。
この大変なシリーズも遂に私の番となってしまいました。演目の全てが現代音楽のリサイタル、自分でもよく引き受けたな、と後になって思いました。
さて、今回のタイトル 「セロ弾きの野望」 は作曲家の夏田氏の提案ですが、プログラムを見て、なるほどその通りになった様な気がします。一曲ずつの解説は、他の方にお任せして…、私個人が付け加えたい言葉は、“Music is not enough”=音楽だけでは物足りない。何を演奏するのもそうですが、曲の持つエネルギーやパワー、それに対する演奏者の感情や技量、集中力、そして緊張感、全てにおいて勝るとも劣らない勢いが必要だと日々感じています。
今日の演奏がその通りになるかどうか?会場に皆様に感じ取って頂ければ幸いです。


日時
2004年6月29日(火) 19:00 (18:30 開場)

場所
すみだトリフォニーホール・小ホール
JR総武線・錦糸町駅 ・北口・東京メトロ半蔵門線3番出口から徒歩3分。駅前広場から道路沿いに左方向

入場料
全席指定 \3500(当日) \3000(前売)
学生割引=\1500(事務局前売りのみ)
リサイタルvol.14、vol.15 の2公演通し割引=¥5000

助成
財団法人 ローム ミュージック ファンデーション,
芸術文化振興基金

後援
日本現代音楽協会



大村久美子:二重の輪郭(2001)〔+computer〕
  Kumiko Omura/ Double Contour

夏田昌和:空の柱(2003)〔共演:vc.植木昭雄〕
  Masakazu Natsuda/ Pillar of the sky, for two violoncellos

森田泰之進:The King of Masks(2004/初演) *公募招待作品
 Yasunoshin Morita/ The King of Masks

今井慎太郎:青の争い(2000/日本初演)〔+computer〕 
      *公募招待作品
  Shintaro Imai/ Ao-no-araso

ルイス・デ・パブロ:J.H.(1983-84)〔共演:cl.菊地秀夫〕
  Luis de Pablo/ J.H.

ルチアーノ・ベリオ (1925-2003):セクエンツァXIV(2002)
  Luciano Berio/ Sequenza XIV



大村久美子/二重の輪郭(2001)

“Double Contour” は、2000-1年のパリのIrcam における研修期間中に作曲された。アイディアはチェロのソロによるオリジナルと、ライブエレクトロニクスの音響による “二重の輪郭” を形成するにあたり、いかに多様な関係をもたらすか、という点にある。
技術的には、MAX/MSPを用いており、電子音響の約3分の2はリアルタイムの音響生成により、残りはあらかじめ製作されたサウンドファイルである。サウンドファイルの素材は、ソロ楽器であるチェロをはじめ、仏教の鈴と声明を用いており、ここにおいても西洋と日本の素材による”二重”の構造になっている。
しかしその二つの “二重” も、さまざまな過程を経て祈りの中で一つの音に収束していく。
(大村久美子・記)

夏田昌和/2台のチェロのための「空の柱」

この作品は、埼玉県立近代美術館の委嘱作品として、関根伸夫氏作による同名の彫刻作品に想を得て作曲されました。関根氏の作品は、大地から天空に向かって屹立する柱が、空中で断ち切られているその姿故に、かえって柱自身とそれが支える「空」双方の空間的、概念的無限性を感じさせるものです。私自身の音楽作品においては、こうした無限性を、チェロの最低音であるC音から上方に向かって果てしなく続く調和倍音列に置き換えつつ、ヨーデルにも似たハーモニクスを交えて執拗に繰り返される上昇-下降運動の中に、「柱」のもつ垂直性が表現されています。「柱」というものが物質的実体を超えて原初的根源的な男性原理の表象であり、また神々の世界への接近を試みる人間精神のメタファーであるとすれば、こうした無限の垂直性を音楽として「歌う」行為も、祭礼や祈りにも似て、何かしら私達人間の存在意義を問うことに繋がるのかもしれません。
(夏田昌和・記)

森田泰之進/The King of Masks(変臉王)

この作品の着想に影響を与えたのは、中国「八大地方劇」のひとつ、四川省の「川劇」に出てくる変臉(へんれん)という技だ。役者が隈取り風のデザインをした布製の仮面をつけて登場し、後ろを振り向きざま、あるいは扇で顔を隠すわずかな瞬間に、仮面を次々と入れ替える瞬間芸で、門外不出の秘技とされる。
作品は、短い音の断片の集積で構成されている。強い個性を持ったそれらが入れ替わり立ち替わり現れるうち、弦楽器としてのチェロは次第に異化され、私たちが見慣れたチェロおよびチェロ奏者の顔(=仮面)が1枚ずつ剥がされていく。
そして、剥がされた仮面の奥に、チェロ奏者の隠れた野望が...

今井慎太郎/青の争い

この作品は、チェロ独奏と、演奏音のリアルタイム信号処理を含むエレクトロニクス音響のために、Ircam(フランス国立音響音楽研究所)にて作曲された。エレクトロニクス・パートは、MacintoshコンピュータとMax/MSPソフトウェアにより、楽器奏者と同期して演奏される。
タイトルは「静」という漢字の詩的隠喩に由来する。静寂の裡に隠蔽された、見えざるもの、触れざるものの運動と遷移、軋轢、変調の在り態を想い描き、作品のモチーフとした。
エレクトロニクス・パートは、チェロの様々な奏法により発せられる音響を素材に、グラニュラー・サンプリングやスペクトル補間/変調などのコンピュータ音合成技術を駆使して制作された。
(今井慎太郎・記)

ルイス・デ・パブロ (1960- )/J.H. (1983-84)

日本でも、かつて 「サントリー国際作曲委嘱シリーズ」 に登場し、「ムジカ・プラクティカ(=近藤譲により組織され、10数年前まで活動していた現代音楽アンサンブル)」 による個展が開催されるなど、スペイン作曲界の中では知名度の高い作曲家と言えるデ・パブロだが、その経歴は独特で、スペイン法科大学卒、作曲は殆ど独学である。1953年に始まる創作活動は、まずセリエリズムに始まり、60年代の不確定性の導入を経て、70年代以後は書法的洗練による佳品量産体制に入る・・・と、同世代の多くと同様の王道を歩いてきた。特筆すべき点として、「密度の制御」 「点と線等の対立要素の対比と両義性」等への関心に加え、流動的・自動生成的・派生的 (平たく言えば「自由な連接」) であること、等が挙げられる。80年代に集中的に創作された室内楽曲の殆どは、自由な発想で編まれた組曲の様相を呈しており、それぞれ、格好のコンサートピースとなっている。今回上演する『J.H.』もそういった作品の一つで、次のような、性格のはっきりした4曲の小品から成る。(なお、題名は、献呈者Jacques Hachnel のイニシャルである。)
[I] TARACEA…同音の周囲を目まぐるしくせめぎ合う。
[II] CAPRICHO…文字通り奇想的に楽想が変転し表情を変える。
[III] MELODIA…同期する2楽器により淡々と描かれる線。
[IV] TANGO…シニカルかつアイロニカルなタンゴ。
(川島素晴・記)

ルチアーノ・ベリオ)/セクエンツァXIV

昨年逝去したベリオの創作全体で最も著名なのが、この「セクエンツァ」と題された様々な独奏者のためのシリーズである。この語は「音列や音型(それはしばしば一定の和声に立脚している)の<反復=シークエンス>に際して様々な加工を施していく」 という、ベリオ創作の根幹を成す概念を暗示している。オリジナリティを確立した時期に書かれた 『セクエンツァI (フルート)』 (1958) に始まり生涯にわたって書き続けられたこの連作は、名技性を探求する姿勢に貫かれている。演劇的性質の強いものとして 『III (女声)』 (1965)、『V (トロンボーン)』 (1965) 等があり、また、ひたすら4重弦のトレモロを要求される 『VI (ヴィオラ)』 (1967) 等のように、ある着眼点でその楽器の限界を炙り出す曲も多いが、しかし晩年は、『XII (バスーン)』 (1995)、『XII (アコーディオン)』 (1995) 等に見られるように、「うた」 への傾斜が顕著であった。
シリーズ最終曲となった『XIV (チェロ)』 (2002) は、これら諸要素を総合することに成功した傑作と言える。先日来日してこの曲の日本初演も果たした初演者ロハン・デ・サラムは、しばしば、ヴィオラのための 『VI』 をチェロ用に自ら編曲した版を上演してきたが、ベリオの最期を前に、念願叶ってチェロのオリジナル曲が完成したというわけである。この曲では、(ロハンがスリランカ人であることから)右手でチェロの胴体を叩く奏法で 「スリランカの太鼓の要領で」 4種類の音色を使い分け、同時に左手ピチカート等を駆使して弦上でもリズムを形成する、などという超絶技巧が求められている。
(川島素晴・記)

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