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代表 田村文生より

本日は Ensemble Contemporary α公演にご来場頂きまして、誠にありがとうございます。今年のアンサンブル公演の企画は、川島素晴プロデュースによるスイス作品特集となりました。
スイスの作曲家というと筆頭に挙げられるH.ホリガーは、川島が学生の頃からしばしば演奏会にかけてきた作曲家です。私自身も学生の頃、ホリガーの作品を川島指揮により歌いました(ホリガーだけあって歌とはいえないようなパートでしたが・・・)。
本日は加えて、日本でほとんど紹介されていないスイス人作曲家、C.デルツの風変わりな引用のある作品と、N.ヴァッセナの作品を取り上げます。
ちょうど先月20日、延期されていた黒田亜樹リサイタルにおきまして、スイスの作曲家M.ジャレルの協奏的作品を最後に演奏したばかりでもあり、そこから続く「スイス系協奏的作品特集」とも言えるでしょう。
一方、メンバー作品では、これまでドイツ、フランスと着実にキャリアを積み重ねてきた大村久美子が、半年前にスイスで初演された作品を六重奏版に改作し、久々に日本での新作初演に臨みます。加えて堰合聡の異色協奏曲と、かつて「女の樹海」というタイトルの管弦楽作品を書いた西田直嗣の面目躍如たる、妙なタイトルの作品が加わります。「スイスカウベル協奏曲」といい、「ルツェルンの笛吹き」といい、スイス特集に因んで半ば強引に(?)決められたことだったのかも知れませんが、結果的には、非常に面白いアプローチの作品に仕上がったのではないかと思います。
加えて、本年度の公募招待作品である星谷丈生さんの「6 Players」。微分音のずれと変化の、美しい音響が聞かれることと思います。
実に様々な作品が揃った本年の公演、様々な言語による放送局が並立しているスイスという状況をも、強引に象徴しているかも知れません。
皆様ごゆっくりお楽しみ下さい。

公演プロデューサー
川島素晴より


 スイスは、多民族・多言語の国。音楽的にも多彩な様相を呈しており、体系化は難しい。だからこれまで、まとめて紹介されることもなかったのだろうが、しかしそれだけに、並べてみると興味深い。
  最重鎮クラウス・フーバーは、来日も多くしばしば紹介されており今回は取り上げなかったが、続く世代の代表はやはりホリガー(Heinz Holliger)であろう。オーボエ奏者として以上に作曲家としても語られる機会が増えつつあるが、今回は、フルートソロのフィーチャーされた最高傑作「スカルダネリ・ツィクルス」から独奏部分1曲を上演する。
  デルツ(Christoph Delz)は知る人ぞ知る作曲家だが、夭折のため作品も少なく、一般に認知された存在とは言い難い。今回上演する曲は「弦楽四重奏曲」とは名ばかりの奇作で、バッハを丸ごと前奏曲として演奏し、ヴィオラがその動きをデフォルメした状態で引き継ぎ、やがて再構成する。某ホールのリサイタルシリーズ「B→C」にあやかった人選、選曲とも言える。・・・ここまではドイツ語圏。
  中堅世代・フランス語圏を代表するジャレル(Michael Jarrell)は、黒田リサイタルで上演。最も若い世代からは、イタリア語圏出身のヴァッセナ(Nadir Vassena)を紹介。いわゆる「ピエロ編成」ながら、ヴァイオリンをソロにフィーチャーしたヴィルトゥオーゾピースとなっている。
  作曲メンバー3名には、「スイス」に因むことと、協奏的な編成を課した。帰国後初参加の大村は「スイス」で初演されたばかりの作品をリダクション。堰合は「スイスカウベル」数個のみを用いた協奏曲を。西田は「スイス」のロケイションにインスパイアされたものを、それぞれ書下す。
  招待作曲家・星谷氏の作品は、短三和音が微分音でモワレるアイデアを独自の書法で聴かせる秀作。作曲メンバーの総意で純粋に作品内容で選んだのだが、偶然にも「協奏的」作品であった。(さすがにスイスに因むものではなかったが。)
  スイスと日本、それぞれ4名の「協奏的作品」の聴き較べ。。。どうぞごゆっくり、お楽しみください。


日時
2003年12月18日(金) 19:00開演 (18:30開場)

場所
すみだトリフォニーホール・小ホール
JR総武線・錦糸町駅 ・北口・東京メトロ半蔵門線3番出口から徒歩3分。
駅前広場から道路沿いに左方向

入場料
\3000(当日) \2500(前売り)

主催
Ensemble Contemporary α

お問い合わせ
Ensemble Contemporary α 事務局

助成
芸術文化振興基金



H・ホリガー(1939- ) / (t)air(e) (1980/83) 〜
「スカルダネリ・ツィクルス」より

[木ノ脇道元(fl)]

C・デルツ(1950-1993) / 弦楽四重奏曲 op.7 (1982/日本初演)〜
J.S.バッハ/パルティータホ長調・前奏曲を前奏曲とする

[安藤裕子(vla solo) 野口千代光(vn I ) 佐藤まどか(vn II)
 松本卓以(vc)]

堰合聡(1971- ) / スイスカウベル協奏曲1+4 (2003/初演)

[神田佳子(Swiss CB solo) 宮村和宏(ob) 塚原里江(bsn)
 曽我部清典(trp) 花田和加子(vn)]

大村久美子(1970- ) / Germination II (2003/初演)

[佐藤まどか(vn solo) 木ノ脇道元(fl) 宮村和宏(ob) 遠藤文江(cl)
 神田佳子(vib) 及川夕美(pf) 大村久美子(cond)]

星谷丈生(1979- ) / 6 Players (2002/初演)  *公募招待作品

[花田和加子(vn solo) 木ノ脇道元(fl) 遠藤文江(cl) 松本卓以(vc)
 黒田亜樹(pf) 川島素晴(Midi-pf) 田村文生(cond)]

西田直嗣(1968- ) / ルツェルンの笛吹きII 〜牛の戯れ −
湖へ〜 (2003/初演)

[遠藤文江(cl solo) 宮村和宏(ob) 塚原里江(bsn) 曽我部清典(trp)
 及川夕美(pf) 西田直嗣(cond)]

N・ヴァッセナ(1970- ) / 三連画「キリストの架刑」
(1998/日本初演)

[野口千代光(vn solo) 木ノ脇道元(fl)遠藤文江(cl) 松本卓以(vc)
 黒田亜樹(pf) 川島素晴(cond)]



H・ホリガー / (t)air(e)〜「スカルダネリ・ツィクルス」より

オーボエ奏者としてのホリガーについては、語るまでもなかろうし、作曲家としても、この何年かは(彼自身の演奏活動がセーヴされていることもあって逆に)広く知られるところである。70年代に、自らの経験を踏まえながら、新たな楽器奏法を追究して音色の可能性を最大限に引き出した<プネウマ><弦楽四重奏曲><プサルム><アーテムボーゲン>などの傑作群は、現代音楽史に欠くべからざる存在感を示している。本日の演目は、ヘルダーリンをテキストに用いた、合唱と室内管弦楽を伴う巨大なツィクルスの中の1曲であり、友人であるオーレル・ニコレとの共同作業によって書かれた。題名は、「TAIRE」と読めばフランス語で「沈黙を保つ、包み隠す」等の意味で、「AIR」と読んでも、空気、アリア、雰囲気、等の意味を供えている。当時としては画期的な様々な奏法のコンビネイションによる精緻な音楽であり、後続のフルート音楽に大きく影響を及ぼしている。
(川島素晴記)

C・デルツ / 弦楽四重奏曲 op.7 〜J.S.バッハ/パルティータホ長調・前奏曲(演奏:野口千代光)を前奏曲とする

 クリストフ・デルツは、例えば蝉の鳴き声に触発された<Siegel>(1976)、不規則な呼吸のスペクトル分析をオーケストラに適用した<Die Atmer der Lydia>、ジャングルの喧騒をイメージした<ジャングルにて>(1983)等、作品ごとに極めて個性的なアイデアを提示し、注目されていたが、1993年に43歳の若さで急逝してしまった。本日の演目でも、「弦楽四重奏曲」と銘打つものの、およそ伝統的な弦楽四重奏曲とはほど遠い形態を見せる、ユニークな作品である。まず、冒頭に、バッハをそのまま演奏することが指示されている。続く部分は、なぜかそれをヴィオラソロによって解体し、徐々に再構築していく。チェロはそれに随伴し、2つのヴァイオリンは、舞台の両端から時折ピツィカートで合いの手を入れるのみである。後半にかけて、ヴィオラの人工ハーモニクス(笛のような高い音。ここだけ、ほかよりもゆっくり演奏することが指示されている)等が、原型を徐々にほのめかしていく。
(川島素晴記)

堰合聡 / スイスカウベル協奏曲1+4

スイスカウベルの魅力というのは、良くも悪くも洗練とは程遠い音色の濁り具合、音程感の曖昧さなどでしょう。本作品はそうした魅力をフェティッシュに引き出すことを心掛けています。歴史的にコンチェルトで扱われた楽器としては今までに星の数ほど主役を張ってきた、言わば百戦錬磨の先輩楽器は、この素朴な楽器の独特な音程感に様々な意味付けを試みますが、そうした試みが身を結びそうな.....結ばなさそうな.....。
  何と言うか、割り切りたいけど割り切れない気だるさの中で悶々とするような、なにやらいやらしい--気持ち良い--曲を目指しました。夢現とか、エロティシズムとか、白昼夢とか....お好きなイメージと重ねあわせて聴いて頂ければ幸いです。
(堰合聡記)

大村久美子 / Germination II

植物の一つの種子の中には、その小さな外観からは想像のできないような発育の可能性を秘めていていて、それぞれの種子がそれぞれに与えられた成長の過程を経てその生を全うする。私は、個人を超えたそのような大自然の力に常に畏敬の念を持っていて、作曲においても、自我を超えた生命力を持つ表現を目指している。タイトルである、”発芽”は、ある特定の植物の成長のプロセスを描写した、というものではなく、発芽の際の生命力に強い憧れを持ち、自分もまた、常に自分の殻をやぶって向上したい、という願いから付けられた。この作品は、ヴァイオリンのパトリツィア・コパチンスカヤ氏と、ピアノの大井浩明氏のデュオにより、今年5月にスイスで委嘱初演された" Germination I " の6重奏への書き換えであり、この原曲の作曲の機会を与えて下さった両氏に、この場を借りて感謝の意を表する。
(大村久美子記)

星谷丈生 / 6 Players

6 playersは2002年夏から秋にかけて作曲された。私はこの一年間に様々なことを考え、作風もそれに応じて変化してきた。その為最近の作品とはある程度異なるスタンスをとっているが、いくつかの点では共通する特徴を備えている。全体は17の部分からなり短い休止で分かれている。4分音低く調律されたMidi-Pianoとピアノが左右に配置され、中央にはフルート、クラリネット、チェロが配置される。ソロヴァイオリンはその3群の微細な音程の間を行き来する。その音程間の微妙な関係性を聞き取りやすくするために、基本的に短3和音のみを使用した。また単純な和音に統一することで同一和音内での響きのバリエーションが豊かになった。そして作品は細部を聞き取る集中力を聴衆に要求する。最後にこのような機会を下さったEnsemble Contemporaryαの皆様にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。
(星谷丈生記)

西田直嗣 / ルツェルンの笛吹きII 〜牛の戯れ − 湖へ〜

タイトル「ルツェルンの笛吹き」は、言うまでもなく、「ハンメルンの笛吹き」からきています。念のため簡単に粗筋を書きたいと思います。「ハンメルンという町でねずみが大発生し、村人達が困っていたところへ、笛で動物を操る男が出現し、村長がねずみを退治してくれたら相応のお礼をします、という事で男が横笛を奏したところ、ねずみの大群が川に飛び込んで、村人達は一安心、でもお礼なんかしらないよ、という事で怒った笛吹きは村中の子供を笛の音で踊らせながら山へさらって行った。」という話です。私は10年程前にル
ツェルンを訪れた事があり、ハエに邪魔されて野宿に失敗したり、牛の糞にまみれて山を降りたり、と散々な滞在の中で、ルツェルン湖の深い青い色に救われた事をよく覚えています。曲はそんな私の体験と、ハンメルンの話が融合したものです。楽器はそれぞれ役割を持っています。独奏クラリネットはそのまま「笛吹き」、ピアノは「湖」、オーボエ、トランペット、ファゴットが「牛達」です。曲は3つの部分に分けられます。第1部は、まず湖も笛の音により影響を受け、牛達を湖へ誘うための誘引力を身につけます。最初独自の個立性を持っていた牛達が笛の音により序々にそれを失ってゆき、やがて笛と同じ動きになってゆきます。第2部は湖の誘引力が増し、すべての同じ動きにより湖への牛の突進を表しています。途中からクラリネットが第3部のフーガの主題にもなっている歌を奏で、途中、牛達が身の危険を察知し急停止しますが、その勢いは止まりません。第3部は従順になった牛達がクラリネットが奏でた歌を持ってフーガの形で湖へとゆっくり沈んでゆきます。牛達は精神的抵抗を試みますが、もう身体は言う事をききません。牛達の涙が湖の色を濃い青色に変えたと言うわけです。私は音の色彩としてGを水色に感じており、G中心の曲初から、終曲における濃度の高いGis音への移行が行われています。私達は生まれてから絶えず自己以外の要素により形成されてきました。曲は、そんな運命を受け入れていくしかない諦めと、立ち向かってゆく力強さを表現しています。川や海の近くに住んでいらっしゃる方は御注意を。
(西田直嗣記)

N・ヴァッセナ / 三連画「キリストの架刑」

スイスの若手注目株、ヴァッセーナは、数少ないスイスのイタリア語圏を代表する存在で、作曲はミラノで、ソルビアティに師事して学んでいる。更にファーニホウに師事した歴を持つので一見楽譜は難解だが、音を聞いてみると、整然とした楽想と判りやすい展開を見せる。本日紹介する作品は、フランシス・ベーコンの絵画に触発されたもので、その名の通り3つの楽章から成る。第1楽章は、ヴィルトゥオジックなヴァイオリンが示す和音と、それに「はりつけ」にされたかのような楽器群の関係。アタッカで続く第2楽章は、短い楽章である。ヴァイオリンのD音の、不安定な揺動から始まり、バラバラに介入する他の楽器群と、多層的な空間を形成する。第3楽章では、上昇しつつ複雑に弦を移る奏法のアイデアによるヴァイオリンに始まる。やがて「夢見るような」楽想に向かい、最後はピアノによって奏でられる全ての残骸としてのパルスに昇華する。
(川島素晴記)

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